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熊本地方裁判所 昭和37年(ヨ)100号 決定

申請人 新日本窒素肥料株式会社

被申請人 合成化学産業労働組合連合新日本窒素水俣工場労働組合

主文

申請人が被申請人に対し金五百万円の保証を立てることを条件として

一、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(右被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに右第三者及びその従業員については、申請人の交付する「チツソ」と表示した腕章を着けた者に限る。)が別紙(一)目録記載の申請人会社水俣工場(梅戸蒸気工場、梅戸港、小崎揚水場を含む。)に出入することを言論による平和的説得以外の方法によつてこれを阻止し、又は第三者をして阻止させてはならない。

二、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員又は前項記載の第三者及びその従業員(前項の腕章を着けた者に限る。)が前項記載の申請人会社水俣工場内に原料、資材等を搬入し、製品その他の物を搬出することを言論による平和的説得以外の方法によつてこれを阻止し、又は第三者をして阻止させてはならない。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

申請人は「一、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに別紙(二)記載の第三者及びその従業員(右従業員及び第三者とその従業員については、申請人の交付する「チツソ」と表示した腕章を着けた者に限る。)が別紙(一)目録記載の申請人会社水俣工場(梅戸蒸気工場、梅戸港、小崎揚水場を含む。)に出入することを阻止し、また第三者をして阻止させてはならない。二、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員又は別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(前項の腕章を着けた者に限る。)が前記工場内に原料、資材、燃料、食糧等を搬入し、製品その他を搬出することを阻止し、また第三者をして阻止させてはならない。三、申請人会社の委任する執行吏は以上の命令の趣旨を前記工場の各入口に公示し、該命令に違反する諸行為又は事態の発生を排除しなければならない。四、申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人は「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

当事者間に争なき事実並びに当事者双方の提出した疏明資料により当裁判所が一応認定した事実並びにこれに基く判断は次のとおりである。

一、争議の経過と現状

(一)  申請人会社は、肥料、カーバイド誘導各種化学製品、有機、無機の薬品、各種石油化学製品、人造繊維、金属シリコン、その他の化学製品の製造、加工並びに売買、発電並びに送電及びこれに関連する事業を行うことを目的とする資本金四十五億円、大阪市に本店(大阪事務所)を、東京都に東京事務所を、水俣市に水俣工場、発電所などを有し、従業員の総数約四千三百名を有する株式会社であつて、水俣工場においては常時工場従業員三千五百八十名(非組合員百名を含む)を以て生産業務に従事する外別紙(二)目録記載の商社等の中二十三社(同目録一乃至二十一及び七十二、七十三)を右工場の下請業者として常時工場内に入構させ原、材料の搬入、製品の荷造、搬出、構内作業、修理工事等に従事させているのであり、被申請人組合は、前記水俣工場の従業員三千四百八十名を以て組織する労働組合(右組合員が昭和三十七年七月二十四日新組合の結成により減少していることは後記のとおりである。)であつて、総評系の合成化学産業労働組合連合(以下合化労連と略称する。)に加入し、また滋賀県守山町所在日窒アセテート株式会社守山工場従業員四百名を以て組織する合化労連日窒アセテート守山工場労働組合と結合して日窒労働組合連合会(以下連合会と略称する。)を組織している。

(二)  連合会は昭和三十七年二月七日申請人会社に対し、組合員一人平均五千百八十七円の賃金増額、初任給引上及び化学産業最低賃金協定等の要求をして団体交渉を申入れたので、会社もこれに応じて折衝を重ねるうち、会社は同年四月十七日連合会に対し昭和四十年度までの労使間の賃金に関する紛争を除去する必要があるものとして、昭和三十七年度は別に定める同業六社の平均妥結額マイナス五百円、昭和三十八年度は同じくプラス五百円、昭和三十九年度、同四十年度は同じくプラス千円とする長期安定賃金協定を締結することを提案したので、被申請人組合は、このような長期賃金協定は争議権を奪うものであつて同意し得ないものとして、対立抗争を生ずるに至つた。その間被申請人組合は要求貫徹を目的として同年三月二十八日二十四時間の製造部門の全面ストライキ、四月十日二十四時間の全面ストライキ、四月十一日から同月十三日までの無機部門ストライキ等を順次行つた。しかるところ、連合会は同年五月二日右争議に関し、中労委に斡旋を申請することを決定し、申請人会社に同意を求めたところ、申請人会社もこれに応じたので、被申請人組合は翌三日一旦ストライキを中止すると共に、同月十日中労委に斡旋申請をなし、中労委において同月十三日から同年六月六日まで、七回に亘つて斡旋を重ねたが、右斡旋において被申請人組合において、争議行為に突入する前に中労委に斡旋の申請をする旨の所謂平和条項を提案したに止まり、右斡旋は不調に終つた。

(三)  右中労委の斡旋不調となつた後も団体交渉を重ねたが双方とも自己の主張を固執するのみで、解決に至らないでいたところ、申請人会社は同月二十一日団体交渉を一時中断したい旨被申請人組合に申入れをなし、爾後団体交渉は組合の再三の申入にも拘らず申請人会社において拒否したまゝ現在に至つている。

(四)  被申請人組合は、団体交渉中断により更に同年七月二日から同月五日に亘る七十二時間の全面ストライキ、同月九日から同月十三日に亘る九十六時間の全面ストライキ、同月十三日から同月十六日に亘る七十二時間の無機部門を除く部分ストライキ、同月十六日から同月二十日に亘る九十六時間の全面ストライキ、同月二十日から同月二十三日に亘る約七十六時間の無機部門を除くストライキを行つた。

(五)  申請人会社は右続発するストライキによる著しい損害を避けるため、同月二十三日被申請人組合に対し、同日十八時から別紙(一)目録記載の水俣工場(梅戸港、同蒸気工場、小崎揚水場、小川開閉所を含む)のロツクアウトを行う旨通告すると共に、水俣工場の正門、東門、裏門並びに引込線入口、梅戸港から工場内に通ずるトンネル(二本)の梅戸港に面する入口を閉鎖して被申請人組合員の立入を禁止し(右梅戸港の外側はその後本件仮処分申請の後たる昭和三十七年八月九日申請人会社において外柵を設置して立入を禁止した。)たところ、これに対し、被申請人組合は申請人会社に対し、実施中のストライキを七月二十四日十七時二十分から全面無期限ストライキに切換える旨通告し現在に至つている。

(六)  これより先同年四月二十七日頃、組合所属組合員であつて会社においては係長及びこれと同等の地位にある者約六十名によつて係長主任団が結成された。この係長主任団は組合執行部の組合運営を斗争第一主義的であると批判し、今次の紛争解決の方法は組合が会社の主張する安定賃金方式に沿い、その内容条件について団体交渉を進めること以外にはないという立場から会社、組合双方に争議の早期妥結の要望をなし組合所属組合員に説得活動を行つた。またこの係長主任団の動きとは別に六月中旬頃、被申請人組合所属組合員の一部が民主的労働組合運動と労務政策等の学習目的を標傍する民主化研究会を結成し、組合執行部の態度は過激で非民主的であると批判し、同志獲得運動を始めたが、七月四日組合員一般投票により民主化研究会の解散が決定せられ、更に七月十四日組合執行部が係長主任団の組合大会開催運動を統制違反ときめつけるに及んで、組合執行部と係長主任団、民主化研究会の批判派の対立は決定的となり、右批判派は、会社のロツクアウト通告の翌日である七月二十四日組合を脱退し約二百五十名を以て新日本窒素水俣工場新労働組合(以下新組合と略称する。)を結成し、同日申請人会社にその旨通知すると共に団体交渉並びに就労の申入を行い、会社もこれに応じて同日団体交渉を開催した結果、新組合と申請人会社との間には紛争は存在せず、前記ロツクアウトは新組合には及ばない旨確認し、会社は新組合に対し、就労実現のため最大限の便宜を与えることを約した。更に当面の賃金問題に関しては会社提案の安定賃金を基本として具体的条件については追つて協議する旨の合意、並びに新組合員で就労の意思を有しながら第三者の妨害等により現実の就労が阻止されたと会社が認めた者に対しては賃金の一〇〇%を、就労の意思を表示した者が諸般の事情により就労しなかつたときは賃金の六〇%を支給する協定が成立し、その後新組合の組合員数は七百余名に達した。

(七)  新組合結成後の争議状況は概ね次のとおりである。

1、七月二十四日以降同月二十八日までの間に、被申請人組合所属組合員及び友誼団体オルグよりなるピケ隊は、前記水俣工場各入口に配置された外、新組合員の多数居住する水俣市大字浜所在の申請人会社所有八幡アパート第五棟及び同市大字陣内所在の泰山寮(従業員の独身寮)を数百名を以て包囲してその脱出を阻止し、或はジグザグデモ訓練を実施して示威をなしたが、その間同月二十六日脱出を図つた新組合員数名に対し、ピケ隊が暴行を加えてこれを負傷させ、なお巡回中の申請人会社雇入の宣伝カーを停止させてこれをゆすぶつたり、包囲してデモを行つたりする暴行々為があつた。しかしながら前記アパート及び寮の新組合員の大半も脱出して市内大黒町四十二番地の新組合事務所に結集するに及び、ピケによる包囲は解かれた。

2、七月二十八日以後は工場の前記各入口附近には被申請人組合により天幕或はムシロ帳のテントが設けられ、その内外に常時数十名乃至数百名の組合員や前記支援オルグ員が待機しており、新組合員がデモ行進により近づくときはスクラムを組んで入場を阻止する熊勢を整えた。また前記梅戸港トンネル入口には八月十二日に至り被申請人組合においても入口に土嚢を築いてこれを閉塞し、海上よりの貨物の搬入並びに工場と梅戸港構内の蒸気工場との交通を完全に遮断した。

3、八月三日現在新組合の組合員数が六百名乃至七百名に達するに及び新組合員約百八十名が隊伍を組んで工場正門に至り被申請人組合員に就労のための入場を申入れたが、スクラムを組んだ前記ピケ隊員に「帰れ帰れ」と怒号されて入場を拒否された。

4、八月四日午前工場裏門で、午後正門で新組合所属組合員百八十名は二回に亘り就労のため入場しようとしたが、東門では有刺鉄線をまきつけたバリケードを左右に五列のスクラムを組んだ百五十名よりなるピケ隊に入場を阻止され、正門では約三百名よりなるスクラムを組んだピケ隊により入場を阻止された。

5、一方当日争議の実情視察に来た申請人会社代表者は水俣駅で列車を待つ間、組合員の洗濯デモで揉まれ、駅長室に待避の上警察官の誘導のもとに列車にやつと乗車出来るということがあつた。

6、八月五、六日前同様に新組合員は就労のため入場しようとしたがピケ隊に阻止された。

7、八月九日水俣工場より梅戸港に通ずるトンネル附近で、市川水俣工場次長、平井醋綿課長等はロツクアウト立入禁止区域内のピケ隊に退去を求めた際、ピケ隊に洗濯デモをかけられて暴行を受けた。

8、当裁判所は八月十一日午前九時の審尋期日に当事者双方代理人より事情を聴取したところ、右審尋中同日午前十時頃新組合員四百名位が被申請人組合の前記ピケ隊の間隙に乗じ、前記引込線附近から工場内に強制入場をなした。ところで申請人会社と被申請人組合との間には争議中の協定として、昭和三十年十一月十五日当事者間に「争議につき会社、組合双方遵守すべき事項に関する協定」が存し、右協定は昭和三十四年六月十四日失効したが、今回の争議に際し、昭和三十七年七月二日右協定を一部修正して右協定によるべき旨協定しているものであるところ、工場の保全は、被申請人組合員において保安要員を提供してこれに当らせることゝなつているものであるが、右保安事項には、前記協定の別表一、二(別表省略)により詳細な取極めがなされていて、会社がロツクアウトを通告した場合は別表一の保安要員は引上げることゝされているため、前記ロツクアウト通告後は、別表一の保安事項を申請人会社の非組合員約七十名位において担当し、右七十名位は七月二十三日以降前記工場に籠城していたところ、前記新組合員の就労により別表二の被申請人組合員による保安要員をも解除し現在右合計四百七十名位が工場内に籠城して一部カーバイド、硫安製造部門の製造を開始しているものである。(但し被申請人組合は現在右籠城者に対する食糧等の必需品の搬入はこれを阻止していない。)しかしながら被申請人組合のピケ態勢は依然強化されておりこのまゝでは申請人会社の新組合員による操業の継続は不可能の状態である。

二、被保全権利

以上認定したところによれば、別紙(一)目録記載の申請人会社水俣工場の土地、建物その他の構築物が申請人会社の所有であつて、被申請人組合から前記認定のように新組合員の就労を実力を以て阻止された外梅戸港トンネル入口を閉塞して交通を遮断する等の妨害を受けていることが明らかであるところ、申請人会社は、右妨害を忍受すべき特段の事由のない限り、所有権に基き右妨害の排除を求め、且つ将来も妨害される虞れがあるときは、これが妨害の予防を求めることができるものといわねばならない。

(一)  被申請人は、申請人会社との間に前記「争議につき会社、組合双方遵守すべき事項に関する協定」が存し、右協定により被申請人組合は、工場保安の責任を有する申請人会社に協力して争議中保安業務を担当しているものであるが、右保安業務を担当する所以は、申請人会社も争議中は右協定事項以外の業務は行わず、操業を開始しないことを前提としているからである。特に右協定第七条第二項には、「争議行為中、会社は、スキヤツプのための雇入は行わない。」と規定し、同条第一項には組合役員が争議行為中に保安業務の実施状況を点検するために会社施設内に立入ることが定められているものであるからその趣旨はますます明らかである。同条第三項に「会社が業務の再開を行おうとしたときは、組合は、本協定の実施につき責任を負わない。」旨規定されているのは、違約の際の措置を取極めた履行担保の目的を持つものであつて、会社の操業開始を容認するものではないと主張するが、元来今回の争議に適用される右協定は新組合の発生する以前の昭和三十七年七月二日本件当事者間に協定されたものであつて、右協定に引用する昭和三十年十一月十五日成立の協定と共に、右協定が第二組合の分裂を予想して締結されたものでないことは当然である。ところで右協定によつて、当事者である被申請人組合が団結していて統一を維持している限り申請人会社が争議中スキヤツプのための第三者を雇入れて操業を開始する余地はないものと考えられるところ、右協定締結当時三千四百八十名を算した被申請人所属組合員の中被申請人組合の運営方針を批判する組合員約二百五十名は自主的に組合を脱退して、七月二十四日新組合を結成し、爾後新組合員の数は七百余名に増加しているものであるが、新組合は組合員の数からいつても、既に被申請人組合の統制から離脱した独立の労働組合として存在しているものと一応認められるものであるから、被申請人組合の統一が維持されていることを前提とする前記協定の効力はその統一的基盤が失われたことにより新組合には及ばないことゝなつたものと解するのが相当であつて、申請人会社が右の新組合員を就労させて操業を開始することは何等妨げないことゝなつたものといわねばならないのである。もとより新組合は、被申請人組合の団結権を侵害する目的を以て結成され、就労せんとするものでないことは前示のとおりであつて、その就労に当つては申請人会社との間に前叙の如く紛争が存在しないことを確認して就労しようとしているものであるから、就労につき正当な権利を有するものというべきであつて、右就労は前記協定に規定する団結権の侵害を目的とする「スキヤツプのための雇入れ」には該当しないものといわねばならない。以上の次第であるから被申請人の前記主張は採用し難いものというべきである。

(二)  次に被申請人は、申請人会社は安定賃金制を提案した以後ビラの配布或は職制を通じての説得、勧誘などにより被申請人組合の切崩を計り、係長主任団、民主化研究会の結成及び運営を援助し、ロツクアウト通告後これを主体として新組合を結成させたものであつて申請人会社の右各行為は被申請人組合の切崩を企図した不当労働行為である旨主張するが、主張の不当労働行為の存在を疏明するに足る資料はないから被申請人の右主張も採用し難い。

(三)  次に被申請人は争議に関する前記協定によれば、「争議行為を行おうとするときは、その七十二時間前に開始の日時を、書面を以て相手方に通知しなければならない。」と規定してあるのに、申請人会社がロツクアウトの通告をなすについて、右規定に違反している旨主張し、前記一応認められる事実によれば被申請人の右主張事実が認められるが、右協定違反の事実は債務不履行として損害賠償責任を負う原因となる余地はあるとしても、ロツクアウトの通告そのものゝ無効を招来するものとは解されないから被申請人の右主張も採用し難い。

(四)  被申請人は前記協定によれば「争議中であつても、両者の一方からの申出によつて、他方は団体交渉に応ずる。」旨規定されているところ、申請人会社は被申請人組合の再三の団体交渉の申入にも応じないものであるから右協定に違反するものであり、労働事件の特質上自主的解決に努力することなくして仮処分の保護を求めることは許されない旨主張し、前記一応認められる事実によれば、六月二十一日申請人会社が団体交渉の中断を申入れた以後は、被申請人組合の再三の団体交渉の申入に対して申請人会社がこれを拒否していることが認められるから、その限りにおいて被申請人の主張は正当である。しかしながら前記認定の事実によれば、申請人会社の団体交渉中断の申入以前においては、本件争議の目的となつた賃金協定その他の事項につき、中労委の斡旋をはじめとして数次の団体交渉が行われ、解決に努力した跡が窺われないでもないのであるから、同一の交渉事項について、双方の提案事項について譲歩することが予想されない現段階における団体交渉の不応をとらえて、直ちに右協定に違反するものとはいえず、被申請人の右主張も採用し難い。

以上説示したところによれば、申請人が被申請人の妨害を忍受すべき事由はないものといわねばならない。

三、保全の必要性

前記のように申請人は被申請人に対し妨害の排除を求める権利を有するものであるところ、

(一)  前記のように被申請人組合は水俣工場の各入口に常時数十名乃至数百名のピケ隊を配置して新組合員の就労を阻止すると共に梅戸港から工場に通ずるトンネル入口を閉塞して、新組合員の就労並びに別紙(二)目録記載の商取引関係業者、下請関係業者及びその従業員の出入及びこれらの者によつてなされる原材料、燃料等の搬入、製品の搬出等を何時でも実力を以て阻止し得る態勢を整えているものであること。

(二)  申請人会社水俣工場は、いわゆる化学工場として、その製造工程において可燃性、爆発性危険物や有毒ガスを製造しており、右危険物の処理並びに設備自体の保全を目的とする運転をなす必要があり、これらの保安運転については、前記争議に関する協定により、申請人会社が争議中操業を開始したときは、右保安業務を全部申請人会社側において引受けることゝされているところ、これに要する原、材料、燃料等が不足するときは、設備の倒壊等により、申請人会社は甚大な損害を蒙る虞れがあること。

(三)  現在申請人会社は、その操業計画によると、硫安百屯、D・O・P三十屯、オクタノール三十屯の生産を目標として、新組合員七百十二名を就労させることを計画しているものであるが、右生産計画の遂行が阻まれることによつて、申請人会社は一日約八百三十九万円の得べかりし利益を喪失する虞れがあること。

以上によると被申請人の妨害行為が現存し、将来も繰返される虞れが多分に存在するので、申請人は右違法な妨害行為を緊急に排除する必要性を有するものというべきである。これに対し被申請人は、

(一)  就労を妨害したり、申請人会社の原、材料の搬入や製品の搬出を妨害したことはないと主張し、前記一応認められる妨害の程度は正当な争議行為として行つている旨主張しているものと考えられる。しかしながらストライキの本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであるから、必然的に業務の運営を阻害することは当然である。そして、これに対抗してなす使用者側の業務遂行々為に関与する者に対して、労働者が言論による平和的説得乃至団結による示威の方法により右関与者の出入を自由意思により思い止まらせ、これによつて使用者側に打撃を与えることは何等違法ではないが、右限度を超えて、ピケによる実力を以つてこれを阻止したり、或は物的施設により入口を閉塞する等の方法により右関与者の出入又は、右関与者のなす原、材料の搬入や製品の搬出等を実力を以て妨害することは、特段の事由がない限り、違法な争議行為として許されないものといわねばならないのである。本件についていえば、前記一応認められるところにより、被申請人組合が申請人会社の所有権の行使を妨害していることが明らかであるから被申請人の前記主張は採用の限りではない。

(二)  水俣工場の製造工程には前記のように危険な物質が多量に生産され、熟練と細心の注意が必要であるのに加え、水俣工場の施設中には日窒式と称される機器が存在し、抽象的技術知識をもつては容易に操作し得ないため他の従業員でたやすく職場代置することは不可能である。しかるに現場で機器を運転する職長技能員の数は新組合員中にはきわめて少く三直三交替の通常運転の場合における各生産部門の所要人員中、新組合に走つた従業員は一割内外に過ぎず、かゝる事情のもとに会社が操業を開始することはほとんど不可能である。かりに操業の再開を強行すれば、災害発生により公益に及ぼす危険性が大きい暴挙と言うべくその生産品も半製品で会社の損害を防止するに足る合理的生産とは言えず、会社のかゝる事情のもとにおける操業再開のための本件仮処分申請は単に組合の分裂、脱退の促進、団結の破壊を目的とするもので仮処分の必要性を欠くものであると主張し、疏明によれば日窒式という水俣工場特有の機器があつて新組合員中の現場運転技能者が被申請人主張の如くである事実は認められるが、新組合員に属する係長技術員中には現場経験豊富者も多く、又装置工場の一面として運転技術は単純化、標準化され運転技術も短期に修得しうることも又認められるところであつて現に一部カーバイド硫安部門は操業を開始している事実からすれば直ちに操業の開始は不能であると断定するわけにはいかない。また災害発生により公益に及ぼす危険性の点については、会社が自己の企業施設自体の損壊を招くような暴挙に出るとは考えられず、企業管理責任者たる会社が保安上万全の策を講じて操業を行うというのであれば科学的にみて災害発生の具体的な危険が高度だと一応認め得る疏明がない以上、災害発生の抽象的な危険を以て仮処分の必要性を否定することはできない。そうだとすれば、会社の操業計画、硫安百屯、オクタノール三十屯、DOP三十屯の生産に必要な三直三交替の要員七百十二名は非組合員七十三名と新組合員七百余名で以て充分満すことができるものと一応認められるので、右操業計画が組合切崩しの目的の仮装のものであるという被申請人の主張も採用し得ない。

四、結論

以上の次第であつて、本件仮処分申請についてはその被保全権利及び保全の必要性につき疏明があつたものであるから申請人の本件申請を主文の限度で許容し、申請人に金五百万円の保証を立てさせ、且つ申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 西辻孝吉 土井俊文 松島茂敏)

別紙(一) 目録

一、新日本窒素肥料株式会社水俣工場

(一) 所在地  水俣市大字浜字馬刀潟九一七番地 但し近隣地番に跨る

(二) 敷地面積 一二六、二二七坪六勺

(三) 地上建物 四三四棟 合計四二、六五〇坪八合二勺

(四) 地上構築物

(イ) 給水用貯水地

(ロ) 軌道設備

(ハ) 道路設備

(ニ) 排水設備

(ホ) 送、配、受電設備

各一式

(ヘ) 隧道 二条

二、同梅戸蒸汽工場及び梅戸港

(一) 所在地  水俣市大字浜字後梅一三二六番地の一 但し近隣地番に跨る

(二) 敷地面積 一〇、五一四坪五合五勺

(三) 地上建物 二六棟 合計一、八八六坪九合四勺

(四) 地上構築物

(イ) クレーン 五台

(ロ) ホツパー 四台

(ハ) 岸壁   四〇四米三五

(ニ) 防波堤  一〇五米

三、同小崎揚水場

(一) 所在地  水俣市大字南福寺字柿本丸四四七番地の二及び四四八番地

(二) 敷地面積 七九坪五合二勺

(三) 地上建物 三棟 合計三七坪五合

(四) 地上構築物

(イ) 集水槽 四基

(ロ) 給水管 一条

別紙(二) 目録

一、西松建設株式会社

二、坂田建設株式会社

三、坂口組

四、沢井組株式会社

五、鬼塚組

六、浜田建設株式会社

七、朝日塗装工業株式会社

八、渋谷ガラス店

九、釣舟鉄工有限会社

十、大日金属工業株式会社

十一、摂津工業株式会社

十二、株式会社谷口鉄工所

十三、清水工業株式会社

十四、日成工業株式会社

十五、窪川組

十六、肥後化成工業株式会社

十七、合資会社水俣化学工業所

十八、太陽電気株式会社

十九、九州電気工事株式会社

二十、扇興運輸株式会社

二十一、日本通運株式会社

二十二、同和鉱業株式会社

二十三、日窒鉱業株式会社

二十四、光亜精鉱株式会社

二十五、三井金属鉱業株式会社

二十六、日本石油株式会社

二十七、出光興産株式会社

二十八、東海電極株式会社

二十九、三菱化成工業株式会社

三十、株式会社執行商店

三十一、大銑産業株式会社

三十二、三井鉱山株式会社

三十三、吉村石炭株式会社

三十四、飯野炭礦株式会社

三十五、住友石炭株式会社

三十六、田尻商店

三十七、合名会社三和鉱業所

三十八、九州石灰工業株式会社

三十九、大島石灰協同組合

四十、紀伊産業株式会社

四十一、扇林業株式会社

四十二、日本耐酸瓶株式会社

四十三、中村製籠所

四十四、三角石油株式会社

四十五、鹿児島石油株式会社

四十六、合資会社水俣機工商会

四十七、千代田紙業株式会社

四十八、有恒製袋株式会社

四十九、昭和製袋株式会社

五十、林商会

五十一、有限会社旭印刷所

五十二、明和印刷株式会社

五十三、合資会社渋谷金物分店

五十四、生活協同組合水光社

五十五、水俣市農業協同組合

五十六、水俣東部農業協同組合

五十七、津奈木農業協同組合

五十八、田浦農業協同組合

五十九、湯浦農業協同組合

六十、佐敷農業協同組合

六十一、米之津農業協同組合

六十二、出水農業協同組合

六十三、阿久根農業協同組合

六十四、三笠農業協同組合

六十五、久木野農業協同組合

六十六、淵上作太商店

六十七、株式会社日ノ丸商会

六十八、新和産業株式会社

六十九、有限会社塩田商店

七十、合資会社金橋石灰工業所

七十一、日窒吉野石膏株式会社

七十二、山口鉱業所

七十三、溝口組

七十四、右の外申請人会社が緊急に必要とし、予め理由を付して組合に通知したもの。

以上

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